ビル・ゲイツの生い立ち

ある意味で世界を変えたと言ってもいいくらい、情報技術の分野で世の中に大きな影響を与えたビル・ゲイツ。その生い立ちを見ていきましょう。

若くからプログラミングに熱中

ビル・ゲイツは1955年10月28日にシアトルで生まれ、裕福な家庭で育ちました。ビル・ゲイツは通称であり、本名は「ウィリアム・ヘンリー・ゲイツ3世」です。1967年に当時シアトルで授業料が最も高い学校であるレイクサイド校に入学しました。この学校では、当時では極めて珍しく、学校にコンピュータが置かれており、ビル・ゲイツは13歳でコンピュータプログラミングを始めるようになりました。また、この学校では、マイクロソフトの共同創設者、ポール・アレンと出会います。
高校時代には、ポール・アレンとともにゴミ収集箱に潜り込んでプログラムのソースコードを探したり、学校のパソコンにハッキングしたりとコンピューターに熱中していました。また、この時にポール・アレンとともにトラフォデータ社を創業し、自治体向けに交通量を計測するシステムを作成したり、民間企業の給与計算システムのプログラミングに携わったりするなど、すでにプログラマーとしての実力をつけていきました。
1973年にはハーバード大学に入学。しかし、専攻の法学には熱中することができず、プログラミングへの関心が高まる中、後に休学することになります。

マイクロソフト社の設立と「Windows」の誕生

1975年に、ビル・ゲイツとポール・アレンは、初心者向けのプログラミング言語である「BASIC(ベーシック)」を「アルテア 8800」という個人向けコンピュータに移植させることに成功。この時にマイクロソフト(Micro-Soft)社を設立します。同時に、大規模で、広い置き場所を確保するようなコンピュータの時代が終わり、個人向けの小さなコンピュータを使用するのが主流となる時代が始まり、マイクロソフト社の快進撃が始まることになります。
プログラミング言語の開発に続き、ビル・ゲイツとポール・アレン率いるマイクロソフト社は、次にIBM社から、同社のコンピュータ向けのオペレーティング・システム(コンピュータを動かすためのソフトウェア)である「MS-DOS」を開発。しかし、いずれ「MS-DOS」では将来通用しないことを考えたビル・ゲイツは、「Windows」を1985年11月にリリースします。当時のWindowsは実用性に乏しかったものの、徐々に改良を重ね、1990年から「Windows 3.0」が大ヒットし、パソコンの標準ソフトとしての地位を確立しました。そして、1995年にリリースされた「Windows 95」は世界で圧倒的なシェアを得て、マイクロソフト社は世界の一流企業にまで成長するようになります。

マイクロソフト本社
マイクロソフト本社(アメリカ・ワシントン州)
(出所)https://en.wikipedia.org/wiki/Microsoft

引退後~世界一の富豪に

2000年にはCEO(最高経営責任者)の座をスティーブ・バルマー氏に譲り、「チーフソフトウェアアーキテクト」という肩書としてソフト開発に専念するようになると同時に、「ビル&メリンダ ゲイツ財団」を設立し、慈善事業を開始しました。2008年にはチーフソフトウェアアーキテクトの座を後任に譲って第一線を引退。2014年には会長の座も退き、「ビル&メリンダ ゲイツ財団」の活動に専念し、世界最大規模の慈善事業団体として、貧困や疫病の撲滅などに積極的に取り組んでいます。
また、これまでのアメリカの雑誌「フォーブス」の世界長者番付で、1995年から2007年まで13年連続で世界一となり、億万長者としても有名となりました。その後、一時は順位を落としたものの、2014年~2016年には3年連続で再び1位の座となり、長期間にわたって、世界有数の富豪の座を維持しています。

妻メリンダとビルゲイツ
(出所)https://en.wikipedia.org/wiki/Bill_Gates

ビル・ゲイツのエピソード

コンピュータの分野で多大な貢献を果たし、経営者としても大成功したビル・ゲイツ。その数々のエピソードを見ていきましょう。

スティーブ・ジョブスとの関係

 競合他社であるアップル社のスティーブ・ジョブズとは交流があり、ビル・ゲイツがマイクロソフト社をスタートさせた初期に、彼はアップル社を訪れて学んでいました。その後、アップル社のコンピュータ「Macintosh」をビル・ゲイツは大いに賞賛し、80年代にはマイクロソフト社とアップル社は協力関係を結んでいました。
しかし、1990年代のWindowsの発表によって、スティーブ・ジョブズはアップル社の成果をマイクロソフト社に奪われたとして、二人の関係には軋轢が生じましたが、2007年にはイベントに共演し、最大のライバルでありながらも、お互いに尊敬し合っていることを表明しています。

スティーブジョブスとビルゲイツの会談
(出所)https://en.wikipedia.org/wiki/Bill_Gates

無駄遣いへのこだわり

ビル・ゲイツは世界でも有数の大富豪であるにもかかわらず、倹約家でもあります。一般旅客機に乗る時には、極力エコノミークラスに座るようにしていたようです。その理由は、ファーストクラスだろうとエコノミークラスだろうと払う金額が大きく違っても、到着する時間は同じだから、とのこと。会社が大きく成長を続けているときも、会社の方針は変わらず、出張にはエコノミークラスを使うことを義務づけていたそうです。
また、出張先のホテルについても、寝る場所とインターネットが使用できる環境があれば十分だとして従業員が広い部屋に宿泊するのを嗜めたというエピソードも残っています。

読書家

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ビル・ゲイツは、相当な読書家で、平日は1日1時間以上、週末もさらに多くの時間を読書に費やしているそうです。自宅には個人図書館を備え、1万4,000冊以上の蔵書があると言われています。また、年に2回ほど、「Think Week(考える週)」という時間を設け、外部からの情報を遮断し、食べることと寝ること以外はすべて読書と考えることに時間を使っています。
読書の習慣は両親の影響によるもので、彼の両親は書物を身近に置き、平日はテレビ鑑賞を禁止し、読んだ本の感想から政治のことまで、あらゆる問題について親子で話したそうです。「僕の子供はもちろんコンピュータを持つだろう。しかし、それより前に本を手にする」という言葉は、コンピュータの分野で大成功した彼ですら、読書の大切さを極めて重視しているという、含蓄のある言葉だと言えるでしょう。

ビルゲイツの若い時
(出所)http://labaq.com/archives/51847674.html

ビル・ゲイツの名言ベスト7選

ビル・ゲイツの名言を見ていきましょう。

〔名言その1〕

ビル・ゲイツビル・ゲイツ

「1日24時間では処理しきれないほど難問がある。だから、無駄にしている暇はない。」

(コメント)
特に経営者の多くが口にする時間の貴重さですが、彼は飛行機が出発するギリギリまで会社で仕事をし、猛スピードで空港に向かい、飛行機に飛び込むように乗っていたそうです。

〔名言その2〕

ビル・ゲイツビル・ゲイツ

「成功の鍵が何かは知らないが、失敗の鍵は全ての人を喜ばせようとすることです。」

(コメント)
万人受けするものなどありえないというビル・ゲイツの言葉。好みが分かれそうなコンピュータの世界では特に重要な考え方なのかもしれません。

〔名言その3〕

ビル・ゲイツビル・ゲイツ

「成功というのはやっかいな教師です。賢い人々を臆病者になるよう誘惑してしまいますから。」

(コメント)
成功は慢心を呼び、今失敗などありえないと思わせてしまうからこそ、成功することが良いこととは限らないという彼の考えです。

〔名言その4〕

ビル・ゲイツビル・ゲイツ

「成功を祝うのはよいことですが、もっと大切なのは失敗から学ぶことです。」

(コメント)
これも先の名言と同じ趣旨であり、現状に満足することなく、前向きな姿勢でいることの大切さを説く言葉です。ビル・ゲイツ自身も多くの失敗を経験し、そこから得たものが大きかったのでしょう。

〔名言その5〕

ビル・ゲイツビル・ゲイツ

「私は自分の富を社会に還元させなければならないと10年くらい前に気が付きました。想像しがたい規模の財産は、子供たちに手渡さないことがベストです。彼らにとって建設的ではないからです。」

(コメント)
世界一の大富豪だからこそ重みを持つ言葉です。お金がたくさんあることが子供たちのためになるとは限らないという主張は、ビル・ゲイツだけでなく、他の大富豪の言葉にも見られます。

〔名言その6〕

ビル・ゲイツビル・ゲイツ

「あなたの顧客の中で、一番不満を持っている人こそ、あなたにとって一番の学習源なのです。」

(コメント)
「クレームは宝の山だ」という言葉があるように、顧客の不満は、「こうしてくれたらもっと良くなるんだよ」というメッセージでありヒントであるという姿勢で受け止めることの大切さをビル・ゲイツも指摘しています。

〔名言その7〕

ビル・ゲイツビル・ゲイツ

「オタクには親切に。いつか彼らの下で働くことになるでしょうから。」

(コメント)
「オタク」自身である本人から出た言葉です。半分ジョークのようにも思えますが、一つの知識・技術に特化した人間こそが優れた成果を残す可能性が高いことを示唆する一言だとも言えるでしょう。

ビルゲイツ未来を語る本

(出所)https://goo.gl/KcQf8N

ビル・ゲイツについての個人的見解

 ビル・ゲイツの成功から我々が学び得ることは、コンピュータに関する知識といった特定の内容よりも、得意なこと、好きなことをいち早く見つけ、それに対して徹底的に時間を費やしたこと、そして、相棒の存在ではないでしょうか。

彼はIQ160もある天才と言われていますが、その生まれ持った資質に加え、好きなことを見つけ、徹底的に努力を続けたことが、彼を大成功に導いたと言えるでしょう。13歳でコンピュータと出会い、その面白さに魅了されたことで、人生の中で時間をもっとも費やすべき対象にいち早く気付き、それに関する知識・技術を、寝食を忘れるほどの情熱を持って学ぶことで、若くから成功しました。

そして、ビル・ゲイツの成功になくてはならなかったのは、相棒の存在です。彼にはポール・アレンという相棒がおり、相棒の存在も彼の成功に大きく影響しています。ビル・ゲイツはソフトウェアにしか関心を示さなかったのに対して、ポール・アレンはハードウェアが得意でした。また、性格も対照的だと言われており、お互いが持っていないものを補いあい、また、お互いを刺激しあうことのできる存在が、彼を並々ならぬ大成功に導いたとも言えるでしょう。

いち早く自分が情熱を持って取り組めるものを見つけ、同じ志を持った人と出会い、同じ方向を向いて貴重な時間を使うことが、ビル・ゲイツのような成功を収めるヒントかもしれません。

ポールアレンとビルゲイツ
ビル・ゲイツとポール・アレン。右は1981年の写真で、左は2013年にそれを再現して撮影されたもの。
(出所)http://www.gizmodo.jp/2013/04/high1981.html

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